2021年3月29日月曜日
2021年3月27日土曜日
大人の修学旅行⑦(墨染桜と鴨川運河)
墨染寺 本堂 |
京阪の墨染駅の一駅手前、藤森駅で下車し、まずは腹ごしらえ。
西浦南公園 ツグミ |
大河 大河盛釜玉うどん |
深草東公園 |
琵琶湖疏水(鴨川運河) |
琵琶湖疏水(鴨川運河) 七瀬川くぐり |
琵琶湖疏水(鴨川運河) 七瀬川くぐり |
琵琶湖疏水(鴨川運河) 七瀬川くぐり |
琵琶湖疏水(鴨川運河)藤ノ森橋 |
琵琶湖疏水(鴨川運河)京阪電車 |
琵琶湖疏水(鴨川運河)京阪電車 |
墨染寺 |
墨染寺 山門から本堂を眺める |
墨染寺 |
墨染寺 墨染桜 |
墨染寺 本堂 |
墨染寺 本堂 |
墨染寺 本堂 |
京都市バス 「伏見インクライン前」バス停 |
墨染発電所に住む猫 |
琵琶湖疏水(鴨川運河) |
琵琶湖疏水(鴨川運河) |
琵琶湖疏水(鴨川運河) |
琵琶湖疏水(鴨川運河) 京阪電車 |
伏水街道第四橋 |
伏水街道第四橋 |
伏水街道第四橋 |
琵琶湖疏水(鴨川運河) |
琵琶湖疏水(鴨川運河) |
七面大天女道標 |
琵琶湖疏水(鴨川運河) |
ランプ小屋 |
いなり ふたば |
2021年3月24日水曜日
2021年3月20日土曜日
大人の修学旅行⑥(疏水の終点)
琵琶湖疏水の起点の大津から、小関越え~山科疏水~岡崎疎水をほぼ歩き通したので、次は終点の伏見を攻める。琵琶湖疏水は岡崎の鴨川合流点までが通水したあと、伏見の濠川までを結ぶ鴨川運河が開削された。濠川は豊臣秀吉が伏見城を築城したときに宇治川から引かれた堀兼運河。疏水の水が宇治川に流れ込むまでを追うことに。
まずは宇治川派流沿いに立つ長建寺へ。宇治川派流は濠川に水を引くために開削された。
長建寺前の弁天橋のたもとから伏見十石舟に乗船。
宇治川派流は濠川と合流。
宇治川との合流点で水位差があるため、船のエレベーター「閘門」が設けられている。
下船し、資料館などを見学する。
戻りの船に乗船。
江戸時代に伏見と京を結ぶ高瀬川が開削されると、伏見港は大阪と京都を結ぶ舟運の中継地として栄えた。
下船し、伏見の町をぶらぶら。
酒蔵を改造した鶏料理屋で昼食。
宇治川派流に戻り、宇治川との合流点を目指す。
近鉄の澱川橋梁は昭和3年(1928年)に作られたが、陸軍の渡河訓練場だったために橋脚の設置が避けられ、単純トラス橋としては日本最大の支間長を誇る。
宇治川派流は濠川に水を引くために開削されたが、宇治川の河床低下で現在は逆に平戸樋門から流れ出ている。
宇治川派流を戻る。
日本最初の電気鉄道は1895(明治28)年に琵琶湖疏水
今度は濠川を遡って疏水との接続点を目指す。
濠川を歩いていると、古い橋の親柱に「疏水」の文字が。
伏見新放水路は東高瀬川につながる。
墨染には高低差があり、舟を上げ下げするためのインクライン(傾斜鉄道)があった。発電に使われた水は暗渠を通って下ダムに放出される。
伏見インクラインは昭和18年(1943年)に運行を中止、昭和35年(1960年)にはレールが撤去された。
さすがに歩き疲れたので本日の疏水巡りは終了。墨染駅から京阪に乗る。実家に立ち寄るために途中下車をしたので、塩小路付近の疏水を見学。京阪の地下化とともに、疏水もここから御池付近まで暗渠となった。
まずは宇治川派流沿いに立つ長建寺へ。宇治川派流は濠川に水を引くために開削された。
長建寺 山門 |
長建寺 閼伽水 |
長建寺 |
長建寺 メジロ |
長建寺 |
宇治川派流 |
伏見十石舟 宇治川派流 |
伏見十石舟 宇治川派流 |
伏見十石舟 濠川 |
伏見十石舟 濠川 |
三栖閘門 |
三栖閘門 |
三栖閘門 |
三栖閘門 |
三栖閘門資料館 |
三栖閘門資料館 |
三栖洗堰 |
三栖閘門 |
伏見十石舟 濠川 |
伏見十石舟 濠川(新高瀬川との合流点) |
伏見十石舟 濠川 |
伏見十石舟 宇治川派流 |
月桂冠大倉記念館 |
神聖酒蔵 |
鳥せい本店 うす造り |
鳥せい本店 けいはん |
ジョウビタキ(メス) |
京阪宇治線の踏切と近鉄の澱川橋梁 |
近鉄澱川橋梁 |
平戸樋門 |
平戸樋門 |
宇治川派流 月桂冠大倉記念館 |
寺田屋 |
電気鉄道事業発祥の地碑 |
新高瀬川 濠川との合流点 |
濠川 |
桝形町 |
琵琶湖疏水の終点 鋳物屋橋 |
琵琶湖疏水 伏見制水門 |
琵琶湖疏水 伏見新放水路 |
一峰大明神 |
琵琶湖疏水(鴨川運河)伏見インクライン 下ダム |
琵琶湖疏水(鴨川運河)伏見インクライン 下ダム |
伏見インクライン |
伏見インクライン |
伏見インクラインの上ダムと墨染発電所 |
琵琶湖疏水(鴨川運河) |
琵琶湖疏水(鴨川運河) |
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